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父との別れ

父が他界した。

子供の頃からどちらかと言うと母よりも父と仲良くて、

母には言えないことでも、父にはなんでも話してきた。

 

今年になって会社を辞めて次のことを考えていた矢先に

父の世話をすることになり、父のところへ毎日通う日々を送っていた。

介護というほど壮絶なことなどなくて、

日々父と過ごす時間は大変楽しいものだった。

 

しかし、半年くらい経ってくると、父も私もそれなりのストレスが出てきた。

父は病気のことでイラついたりしていたのだと今になると理解出来るのだが、

その頃はそんなことには気づかず、一緒に居る時間が長くなると、

親子であってもストレスが出てくるのだと勝手に思っていた。

 

私は私で、この状態がいつまで続くのだろうと少し暗い気持ちになることもあり、

仕事を探さなければならないという焦りと、その逆に全く暢気だったり。

自分が何をどうしていけばいいのか全く考えられない状態になっていた。

 

そんな時に父が緊急入院することになる。

朝父の状態が思わしくなく救急車を呼んで病院へ。

この時は一週間ほどで退院できた。

 

しかし、退院してからまもなくまた緊急入院。

朝父のところへ行くと、息が出来なくて苦しいと言う。

すぐに救急車を呼んで病院へ。

 

緊急病棟に10日間。

医師に退院の日程について聞いてもあいまいな回答ばかり。

病状は良くなってはいると説明されても父はとても苦しそうで、

本当のところは良くなってなんかいないのでは?と疑うことも。

 

ある日、医師から呼ばれて別室へ。

医師の説明は回復の見込み薄く退院は難しいと。

一般病棟へ移動し、緩和治療として見守っていくことになった。

 

そして、それから20日後に帰らぬ人になった。

 

 

もっと優しくしてあげられたのではないかと後悔したり、

だけど、沢山おしゃべりして楽しかったよねと父に問いかけるように

自分に言い聞かせたり。

 

毎日一緒に居てストレスだなんて思わないで、

もっともっと一緒の時間を過ごしていたら良かったと

後悔ばかりして泣いてしまったり。

 

 

お父さん子であっても、べったりな親子関係ではなかった。

いつも冷静な父が好きで、感情的な母を見てきて、

私は父のようにいつも冷静さを持った大人になりたいと思っていた。

その気持ちはずっと持ち続けていて、冷静な大人として社会人をしてきた。

 

それでも時には感情的に父と喧嘩したりもした。

あんなに冷静な父がこんな感情的になることもあるのだと驚いたこともある。

今思うと、病気と闘いながら体が思うようにならないイラつきからだったのだろう。

そんなことも思いやることが出来ない娘だった。

 

もうほとんど言葉を発することが出来なくなってきていたのに

私が父に「もっと早く病院に来ればよかったね。ごめんね。」と言ったとき

父は「いいよ」とひとこと言葉にした。

その目はとても優しくて、私を思いやる優しい顔をしていた。

 

亡くなる前日も朝と夕方にいつも通り病院に会いに行って、

夕方は娘も仕事帰りに来てくれた。

 

娘は夏季休暇で北海道へ旅行が決まっていた。

父がとても苦しそうになってからは

毎日、父の耳元で北海道から帰ってくるまで頑張ってね。

なんて声かけて、まだまだ逝っちゃダメだよと。

 

その時の父は少し笑顔になり目をぱちぱちさせてうなづいていた。

 

その旅行から帰って来ての見舞いだった。

父は孫の顔を見てきっと安心したのだろう。

その日の深夜に息を引き取った。

 

毎日「ひとりで逝っちゃダメだからね」と言っていたのに、

父はひとりで静かに逝ってしまった。

 

看護師さんから連絡もらってすぐに病院へ行くと、

連絡してから10分後くらいに息を引き取ったと説明された。

苦しまずにそっと息を引き取ったと。

 

「ひとりで逝っちゃダメだよって言ってたのに」と悲しむ私に息子が

「じいちゃんは誰にも死ぬところを見せたくなかったんだね」と。

 

確かに息子の言う通りかもしれない。

父は苦しい顔をするときに私に向かって首を横に振っていたことがある。

それは、こんな状態のところを見ないでくれと言う合図だったのかもしれないと。

そんなこと気づかない私は「苦しいの?」なんて話しかけたりもしていた。

 

 

父は母のことが大好きだった。

昨年母が亡くなり、父は毎日母の仏壇に話しかけていると言っていた。

父は母を追うようにして逝ってしまった。

 

きっと天国でまた、ふたりであーでもないこーでもないと

沢山口喧嘩しながら、それでも母のことが大好きで

きっと笑っているだろう。

 

 

 

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父は最初に肝臓がんになり、手術をして完治したが再発していた。

 今年になって喉頭がんの診断を受け、手術することも検討したが、

肝臓がんの手術後の経過回復が遅く、歩けるようになるまで大変だったこと、

軽い認知症を発症していること、肝臓がんの再発していることもあり、

喉頭がんは手術せず、抗がん剤治療を行っていた。

二度目の入院の際の診断で誤嚥性肺炎と診断されての緊急入院だった。

認知症については、本当に軽く薬の効果もあり普段認知症の症状はなかった。

 

 

 

父はとても優しいきれいな顔で眠っていた。